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朗読者を読んだ

つい先日、ベルンハルト・シュリンクの「朗読者」を読み終わりました。最近では、ケイト・ウィンスレット主演で映画化もされました。でも小説を読むと、「愛をよむひと」という映画のタイトルはちょっと違うなあ・・などと思ってしまいました。ちなみに「愛を読む人」というタイトルのまったく別の小説も実際にあるんですよね。こちらもなぜかユダヤ人がらみみたいなんだけど・・。

この小説のテーマはいろいろ語られるところですが、管理人が注目したのは、「カタルシス」ということかなあ・・。昔犯した罪を償うために、代償行為をするってことなんだけど、結局これも人間のエゴで、代償行為なんて自己満足以外のなにものでもないってことなのかな。
小説の最後の方で、ハンナが出所間際にミヒャエルと20年ぶりぐらいに再会するけど、ミヒャエルは過去に彼女を裏切ったという罪悪感(管理人にはそう取れた)から、獄中の彼女に朗読テープを送ったり、出所後の生活の手配をしてあげる。でも、一定の距離はとったままで、決してそれ以上はハンナに近づこうとはしない。手紙も一回も書かないし、出所直前にしかたなく刑務所に面会に行っただけだ。それに対して、ハンナは朗読テープのほかにミヒャエルから手紙が来ていないか気にしていたようだから、それなりに心の交流を求めていたのだと思う。それは愛だったかも知れないし、そうじゃなかったかも知れない。

管理人が勝手に想像するのは、もしかしたら、ミヒャエルが時々でも手紙を送ってやり、再会した時も、ハンナとの再会を心から喜んでやり、そして出所後も一緒にいられると明言していたら、彼女は死ななかったかも知れない・・・ということだ。
でも、ミヒャエルはそうはしなかった。ハンナと一定の距離を取り続けた。

ミヒャエルはすでに老人になってしまったハンナを女性としてはもう愛せなかったのかも知れないし、彼女が戦争犯罪人と知ってしまったから距離を置きたかったのかも知れない。ある程度の親切心と義侠心、そして結局面倒なことにはかかわりあいたくないというエゴを持ち合わせ、そしてそれに負けてしまうこともあるごく普通の男性だ。管理人は女性だけど、ミヒャエルの気持ちもなんとなくわかる。もし自分がそういう立場におかれたら自分だったらどうするだろうか・・、ミヒャエルと同じような態度をとるのではないか、と思ってしまった。

ハンナはナチスの親衛隊で、アウシュビッツで看守をしていた過去があり、多くの人々が死ぬのを見過ごしてきた。そのハンナが今度は、ミヒャエルに見過ごされる。ミヒャエルもなんとかカタルシスを得ようとするが、結局得られず、ハンナも生き残りのユダヤ人女性に償おうとするが、全面的には受入れてもらえず、結局償いなんてものは自己満足に過ぎないのでは・・?と思ってしまう。
いや、しかし良い小説でした。
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baorin

いつも超ド近眼眼鏡をかけています。ああ、視力が良くなりたい・・・。好物はおすしです。性格はずぼらで人見知りです。こわい人がきらいです。

日常

1 Comments

管理人 says...""
闇月さんへ。

朗読者、とっても良い小説ですよね。
読む人によっていろいろな解釈ができるのが、
すぐれた文学なのでしょうね。
読む時期によっても感想とか注目する所とかが違うし、
面白いですよね。
2010.06.12 08:42 | URL | #- [edit]

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